2013年11月13日

結婚式からわずか1週間で

モンタナ州出身の Jordan Graham は22歳の新妻。25歳の Cody Johnson さんと7月1日に結婚したばかりの新婚ホヤホヤでした。

本来なら幸せ真っただ中のはずの二人でしたが、旦那のコーディさんはもうこの世にいません。

二人に一体何が起きたのでしょう。


妻ジョーダンの証言によると、、、

それは挙式からわずか7日後のこと。
「結婚する時期が早すぎた。もっと待ってから結婚すればよかった」と訴え、結婚を後悔する妻。
そして二人は口論に。
旦那の提案で(気分転換のためか?)二人はグレイシャー国立公園にやってきたものの、口論はさらにエスカレート。
崖の上のハイキングコースを歩き続けながらも、口論を続ける二人。
旦那コーディは、まるで子供をなだめるかのようにジョーダンに語り掛け、彼女の腕をつかんだそうです。
ジョーダンはその腕を振り払うと同時に、かっとなってコーディさんの背中を両手で押してしまいます。コーディさんはそのまま崖下へと死のダイブ。。。

↓グレイシャー国立公園のハイキングコース(今回の現場かどうかは不明)↓

graicier park.jpg
ジョーダンはコーディさんを助けようともせず、現場を離れ、しかも警察にも誰にもそのことを知らせませんでした。次の日、コーディさんが職場に出勤してこないことから、彼の行方不明があきらかに。

最初ジョーダンは、「コーディは7月7日夜に友達と出かけたまま行方不明」と警察にうその報告をします。

警察はコーディさんの行方を探すべく、ボランティアなどど協力して捜索を開始。

騒ぎが大きくなってきてしまったので、警察に手を引いてもらいたいジョーダンは、3日後にパークレンジャー(国立公園の保護官)をとある現場へと連れて行きます。

その現場とは、、、ジョーダンがコーディさんを突き落した崖。しかし彼女は「コーディは死ぬ前に見たい景色」としてその場所を挙げていたから、もしかしたらここで発見できるかと思って。。。とあくまで自分はコーディ―の死に関係がないかのような発言をしています。

結局、すべてがばれ、グレイシャー国立公園に一緒に行ったことを認めたわけですが、、、

彼女の言い分によると、「パニックになったのと、自分の言い分なんてきっと信じてもらえない」という恐怖心から嘘をついたとのこと。しかし、ジョーダンはコーディさんを突き落して殺害した夜、自分の友人にテキストメッセージを送り「コーディと今晩話し合うわ」と、彼が生きているかのように偽装工作をしているのです。

ジョーダンは第2級殺人罪で起訴され、現在裁判(12月9日予定)待ちで拘留されています。

今日のニュースで、新たに「コーディさんの遺体のそばに落ちていた布きれ」について報道がされていました。

検察側は、この布はコーディさんに目隠しをした上で、ジョンソンが彼を突き落した証拠であると主張しています。現在 DNA 検査の結果待ちとか。

ジョンソンの弁護士は、今更新証拠が出てくるなんておかしいし、口論しているのに旦那がおとなしく目隠しなんてさせるわけがないだろう、とこの新証拠を否定。新証拠として取り上げられないように争っているそうです。


と、これが事件のあらましなのですが、新妻ジョンソンかなりクロに近いというのが私の印象。彼女の言うとおり、口論の末ついかっとなって、、、ってことなら、普通すぐに通報しませんか?100歩譲って怖くなって現場から立ち去ったとしても、嘘の証言を警察にいうことや、アリバイ作りに友達を利用したりするとかっていうのは明らかにオカシイ。

旦那のコーディさんはジョーダンを愛していて、結婚するのをそりゃー楽しみにしていたそうです。

若気の至りや勢いで結婚しちゃうことってありそうだけど、結婚してわずか1週間で旦那を殺害っていうのはなかなかないですよね。離婚すればよかったのに。





posted by おうちマン at 04:16| Comment(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月12日

殺人容疑がかかったソフトウェア界の大物

ウイルス対策ソフトのマカフィーってご存知ですか?

使ったことはなくても、聞いたことがある方が多いと思います。

創業者の名前は、「John McAfee」。そう、「マカフィー」は創業者の名字からとったんですねぇ。(以後、この記事内では彼のことを「ジョン」と呼び、会社は「マカフィー」と呼びます。)

セキュリティソフト大手の創業者だけあって、ジョンは大金持ちです(でした?)。2008年頃、ジョンは心臓麻痺を起したり(30,40代と重度のドラッグユーザーだったせいかも)、信頼を置いていた同僚が亡くなったりといろいろあったようで、マカフィーから手を引くことにしたようです。ジョンはマカフィーを売却し、 1 億ドル(約100億円)もの大金を手にしました。

ここまでなら、一人で財をなし、後は悠々自適の生活を楽しむのみ、といわゆるアメリカンドリームのようなお話なのですが。。。

なんと、彼は今「殺人容疑者」となって、警察に追われている身なのです。殺人容疑から一年経過したジョンの現在が今日のニュースとして取り上げられていましたので、今回はこちらをご紹介。


殺人事件が起きたのは去年の12月なので、ご存じの方もいるかと思います。でも、日本ではあまり報道されてないかな? Wiki にはちょこっと載っていましたが。


2008年にマカフィーを売った後、ジョンはある意味転落の一途をたどっていきます。ドラッグ、銃、買春、暴力などなど、、、いろいろ問題を抱えていたようです。そんな中、中米のベリーズという国に移住し、新しいビジネスチャンスを開拓しようと、「空飛ぶ三輪車」を使ったスポーツ(?)、ハーブを使った薬などに手を出していきます。

結局どのビジネスも目が出ず、撤退。次第に合成ドラッグ「バスソルト」にはまっていきます。。。この頃のジョンは、ドラッグでらりった状態で銃を持ち、ビーチをふらふら歩いたりしていたそうです。


そんな中起きた殺人事件。


被害者は、アメリカからベリーズに移住していた「Gregory Faull」氏。当時52歳で、ジョンの家の近所に住んでいました。

2012年11月11日の朝(今からちょうど1年前)、お手伝いさんによって発見されたグレゴリーさんの遺体は、後頭部を銃で撃たれ、血の海の中仰向けに倒れていたそうです。


ベリーズ警察は、容疑者として「ジョン マカフィー」の名を挙げ、あっという間にこの事件が世に知られることになりました。ただ、警察としてはあくまでも「person of interest」とし、ジョンから話を聞きたいという姿勢。


しかしジョンは警察と話をすることなく、逃亡。グアテマラに逃げた後、アメリカへ戻り、現在はオレゴン州のポートランドで暮らしています。彼の言い分としては、「ベリーズ警察は信用できない。話を聞きたいとかなんとかいって殺人犯に仕立て上げられてしまう。自分は無実だ。」とのこと。

ジョンによると、「ベリーズは法治国家ではない。まるで海賊だ。自分は200万ドル(2億円)の献金を迫られたが、それを断った。すると腹いせに何十人もの兵士が私の家にやってきて荒らし回り、めちゃめちゃに破壊されてしまった。」とのこと。

そして実際、今年の5月、ジョンがベリーズに残してきた2軒の家が売買契約成立の直前に、不審火によって全焼してしまっています。これもジョンによると「ベリーズ側の陰謀」。

現在、殺人事件は未解決のまま。捜査も続行されており、ジョンはあいかわらず重要参考人として名前を挙げられています。

事件から1年たった今、ジョンはオレゴン州ポートランドで自伝作成や映画化などに取り組んでいるようです。


事件当時、ジョンは合成ドラッグ「バスソルト」にはまってたっていうし、銃を持ち歩いているの目撃されていたり、人付き合いもどんどん悪くなっていたというのを聞いて、正直、私は彼が怪しいな〜と思っていました。

でも今回事件の1年後の記事の締めくくりを読んで、ちょっと「おや?」と思いました。その記事によると、以下がジョンの言い分。

「自分(ジョン)は、ベリーズに戻る気はない。が、今まで何度もベリーズ側に『どこか中立国(ベリーズやアメリカ以外の国)でなら、面談に応じる』と申し出ているし、フロリダまでの旅費を自分(ジョン)が負担するから、捜査官がフロリダまで来てくないか、とも申し出ているんだ。Skype で話してもいいし、とね。でもベリーズ側はこれらを拒否。結局彼らは事件を解決する気なんか毛頭ないんだ。」

このジョンの意見に対し、ベリーズ警察は以下のように回答。

「ジョンの申し出を受けるかどうかは警察上層部が決めること。我々は今でもジョンから話を聞きたいと思っている。」


うーん、このやり取りを聞くと、ベリーズ側は本当に事件を解決する気があるのかどうか怪しいですよね。。。そもそも、ジョンが容疑者となった経緯もはっきりしないし。


被害者の方は無念でしょうね。。。一体彼に何があったのか、真相が究明される日は正直来ないだろうな、と思います。



posted by おうちマン at 02:34| Comment(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

死刑執行されたティーンエイジャー

過去100年の間にアメリカで処刑されたもっとも若い犯罪者の年齢って何歳だと思いますか?


18歳?17歳??


18歳ならなんとなくありそうかな。なんせ犯罪大国だし!!

と思っていたら、なーんと答えは14歳!だったのです。

14歳で死刑っていったいどんな大犯罪を引き起こしたのかというと。。。

当時7歳と11歳の女の子二人を撲殺した殺人罪だそうです。

確かにこれだけ聞くと、うーん、、、罪のない少女二人を撲殺なら、14歳での死刑執行も仕方ないのか、と一瞬(いや本当に一瞬だけですよ)思っちゃいそうですが。

どうやらコトはそんな単純ではないようで。。。

そもそもその事件が起きたのは今から70年も前の1944年3月のこと。場所は米国サウスカロライナ州。

この事件のキーワードは「人種」です。被害者の女の子たちは白人、殺人犯として処刑された男の子は黒人でした。

当時その地域では、有色人種と白人の居住区域は分けられ、お互いが混じりあうことはなかったようです。

まだまだ人種差別が色濃い時期だったのですね。。。

7歳11歳の白人の女の子たちは、1944年3月のある日、突然黒人居住区域の野原に現れます。14歳の George Stinney (黒人)は自分の妹や弟と一緒に飼牛の放牧をしていました。そこに現れた白人の女の子たちは、ジョージたちに「この辺に maypop (チャボトケイソウ)が咲いてるらしいんだけど、どの辺に咲いてるのか知らない?」と聞いてきました。

ジョージは「知らない」と答え、女の子たちはその場を立ち去ったそうです。

しかし、その晩彼女たちは家に戻らず、行方不明に。大がかりな捜索が行われた結果、翌朝、頭部を固いもので滅多打ちされ、道端の水たまりで死んでいる彼女たちの遺体が発見されました。。。

捜査を開始した警察はやがて「殺された女の子たちとジョージが話しているのを見た」という目撃情報を得、すぐにジョージを逮捕。

わけがわからぬまま自宅から連行されたジョージは、その後、裁判が終わるまで(=死刑が確定するまで)、家族の誰とも会うことを許されなかったそうです。

ジョージの父親は速攻で職場を解雇され、家族で住んでいた従業員寮も追い出されてしまいました。

ジョージの逮捕から死刑確定までの間、ジョージの家族は「他の家族もジョージと同じように濡れ衣を着せられ、死刑にされてしまうかも」と思うと、怖くなり、騒ぎ立てることをせずに、残された家族を守る決意をしたようです。。。結果、世間に騒がれることもないまま、ジョージは死刑に。

現在、ジョージは無罪であっただろうと多くの人が信じています。当時の裁判資料はなく、残っているのは手書きのわずかなメモだけ。

ほぼジョージの「自白」に基づいて、判決が下されたこの事件。一節によると、ジョージが「自白」したのは、アイスクリームと引き換えだったとか、家族も同じ目にあうと脅されたとか、言われています。

14歳で死刑が確定したジョージは、事件発生からわずか84日後に電気椅子によって処刑されてしまいました。。。

ジョージの写真がサイトに載っています。まだまだあどけなさが残っている少年です。

ひどいもんですね。。。

今から数年前のこと。ある白人男性が死ぬ間際「あの事件の犯人は自分だ」と語ったという噂も聞かれます。おまけに当時95パウンド(43キロ)のジョージに少女二人を殴打して殺害し、発見現場まで引きずって放置することは難しかったとの見解もあるようです。

しかし、どうして今から70年以上も前の事件が今さら取り上げられるようになったのか、不思議ですよね。

実は、ジョージの無実をはらそうと試みている支援グループがいて、最近になって、再審を求めて裁判所への訴えが起こされたからです。

再審が開かれるかはまだ定かではありませんが、14歳のジョージの無念がはらされる日が来るといいな、と思います。

posted by おうちマン at 13:45| Comment(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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